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原器を目指した「最終アンプ」(第1話) [原器を目指した「最終アンプ」]

君は原器の音を聴いたことがあるか

■序

*二つのエピソード
エピソード1
円通寺坂
四谷3丁目交差点の近く、新宿通りの喧騒から逃れて南へ折れると、円通寺坂と呼ばれる下り坂になる。
風が背中を押すように足取りも軽くなり、まもなく急な左カーブにさしかかる。
その左手は祥山寺、右手の奥に円通寺がある。
この一帯は江戸の昔から寺町であり、大、小、名の知れたもの、そうでないもの、いくつものお寺が集まっている。

当テーマの主役「最終アンプ」は、この近くの工房で作られた。
残念ながら今は訪ねる先もなく、円通寺坂は、楽しい時間を過ごした昨日の思い出坂になって久しい。
この工房で作られる真空管アンプ類の工作は、工業用機器・業務用機器のレベルであり、一般市販の製品や、我々一般アマチュアの作りと一線を画する。
そのポリシーを煎じつめれば、たぶん「本物を作る」ということだろう。
工房は日本民間放送連盟が入っているビルから足を延ばせる範囲にあり、そこで時々開かれる午後の会議が長引いたときなど、直帰の道草に訪ねたものだ。
工房のKさんが淹れてくれるコーヒーは、いつも激熱であった。
舌を焦がしながらのオーディオ四方山話がとても楽しく、長居して多くのことを教えていただいた。
「最終アンプ」のコンセプトが最初から明確であったわけではない。
工房で見たり聞いたり話したりする中で、霧がしだいに晴れてくるように見えてきた。
管球式メインアンプの「音の原器」と呼べるようなもの。
もし「メインアンプの原器」があるならば、その音を聴かなければ、オーディオの「音質」など語れない。

自問自答
君は原器の音を聞いたことがあるか。
先達が真空管アンプの「原初」「原点」と唱えるWE-25B。
3極管WE-205Dによるシングル単段のパワーアンプ。
生産されたのは1925年ごろ。
大正14年、日本のラジオ放送(JOAK)が開始された年である。
当時は実用的な整流管がまだ開発されていなかったため、整流は同じWE-205Dのプレートとグリッドを結んで2極管とし、それを整流管として使っている。
出力は1W以下。
余計なものは一切なし。
これぞ真空管増幅器の「原点」といえるだろう。

可能な限りの物量を投入し、一生愛聴できるパワーアンプを作ろう。
目標は「なにも足さない、なにも引かないで、増幅してくれるだけの電線」。
しかし異次元のブレークスルーでもないかぎり、そんなものはない。
ならば原初の回路を、WE-25Bの時代から夢のように進化した現代の物量で極めよう。
その思いを具体的に描き始めたのは、先の激熱コーヒー四方山話の1988年ごろであろうか。
それまで、シングル、プッシュプル、SRPP、固定バイアス、CR結合、カソードフォロア、グリッドチョーク、段間トランスとその接地法、そして各種ネガティブフィードバックの手法等、様々な回路テクニックを試みながら遊んできた。
しかし・・。
「回路テクニックの試行はよいが、そもそも君は原初の回路の音を聞いたことがあるのか」。
その疑念が膨らんできた。
「あれこれやる前に、君は真空管増幅器の最も基本的な回路の音を、自分の耳で確認したことがないだろう」と、自問する。
答えることができない。
「お前は何をやっているのか。1本の真空管がどれほどの音を再現するのか検証もせず、いつまで回路いじりにうつつをぬかしているのか」。
ウイスキーの昔のCMではないが、「何も足さない、何も引かない」増幅器の音を聞いてからもの言え、と自らを叱る。
「何も足さない」は、小手先の回路テクニックを使わない、つまり余計なことをしない。
「何も引かない」は、真空管本来の性能を損じることなくフルに発揮させる、つまり物量を投じて、周辺の万全な動作環境を用意する、である。
管球アンプ探求の根源の問題に気づき、しばし思考停止に陥る。
今まであれこれやってきたことの全否定に等しい。
「原器」を作ろう。


エピソード2
透明なガラスの閉鎖空間を満たす神秘的な青い光。
引き込まれるように見つめる少年。
多感な心の襞に青い光が差し込んだ。

はるか遠くに過ぎていった時間。
青い神秘の光を放つ真空管を始めて見たのは1960年頃、中学の終わりか高校の初めであったと思う。
同級生に誘われ、同じ町のアマチュア無線家を訪問した。
その無線機に青く光る真空管が使われていた。
今、かすかな記憶を手繰ると、たぶん水銀蒸気整流管の866Aではなかったかと思う。
加熱されたカソードから飛び出した電子が水銀蒸気を励起して発光するグロー。
空間そのものが青く膨らんだように発光する様は、畏敬の念すら覚える。
・・30年後、心の襞に染み込んだ青い微光が、エピソード1の「最終アンプ」と結び付く。

RCA872A 2本アップ(1次縮小)(ト済).jpg
<写真1:「最終アンプ」で動作中の水銀蒸気整流管872A
**872Aは片波整流管なので両波整流には2本必要となる。ちなみに同機で使われているもう一つの水銀蒸気整流管83は、整流ユニットが2つ封入された両波整流管であり、1本で両波整流回路が構成できる**



RCA872A 1本アップ(1次縮小)(ト済).jpg
<写真2:水銀蒸気整流管872Aのグローのクローズアップ>
**リボンが螺旋状になった陰極のフィラメントから、逆皿状の陽極に向かって吹き上がるように見えるグロー。動作中の「最終アンプ」の場合、872Aにとってはゴミほどの電流しか流れていないのでグローは小さい。本来の使い方では管球の上1/3ほどが青い光で満たされる**


*「最終アンプ」の誕生
円通寺坂の工房で「原器」を目指した真空管アンプが完成した。
1992年も押し詰まった頃であった。
今、本機の歳はもう二十歳(はたち)を過ぎている。
ところがその歳月による皺や衰えをまったく感じさせない。
今も新鮮であり少しも古くならない。
不思議な感覚である。
音にも、電源が入っていない時の存在感にも、毎日感動がある。

本機の回路構成は3極真空管増幅器の基本であり原初である。
信号増幅部は、これ以上簡略化すると増幅器として動作しないほど突き詰めた。
基本動作に必要な最低限の素子と、安全・保安のためのものしか付いていない。
それとは対照的に、物・量は家庭に持ち込む機器としての限度内で、可能な限り投入した。
「物」のクオリティーと、それらの物の機能・性能の高さや容「量」。
その意味での「物・量」である。
全体の構成は、近代のあらゆる回路テクニックを排する意地と、音響的ハイエンド機は「こうあるべき」という信念が骨格となっている。
「原初を極めよ、余計なまねをするな」。
「足すな、引くな」。
「すべてに最上の素子と、工作の巧を吟味せよ」
これを徹底すれば、真空管増幅器本来の音が出る。
その音がおそらく、生涯をとおして自分が手に入れられる最上の音質に違いない。
「これであかんかったら、何やってもあかんやろ」。
表現の効率がとてもいい大阪の言葉を借りればこうなるだろう。

ああしたい、こうしたい、と私。
それは無理だ、ではこうするか、と工房。
そして「青図」が出来上がった。
しかしそれからが進まない。
トランス作りの名人が高齢で巻けなくなっただの、フィルムコンデンサーの耐圧試験に手間取ってるだの。
本当に作るつもりがあるのかないのか、我慢と諦めの幾年月。
気力も萎えた3年後、抱き上げることが不可能な体重70kgほどの「輝く双子」が、息を飲むほどリアルな産声を上げた。
素性は「トランス入力→801Aドライブ→段間トランス結合→211/VT-4C(=4242A)シングルアンプ」。
トリエーテッド・タングステン・フィラメント直熱3極管2段増幅、オールトランス結合の単純・明快を極めたメインアンプである。

東芝4H72上下全景動作中(縮小02)(ト済).jpg
<写真3:動作中の「最終アンプ」>
**シャシーの1/3(左側)が増幅部、2/3(右側)が電源部。左端手前は入力トランス、その後ろがドライバー管801A、その後ろが段間結合トランス、よく見えないがその後ろにとても大きな出力トランスがある。801Aの右側は出力管のSTC 4242A(=211/VT-4C)。この4242Aのプレートの内側は、磨かれた鏡面になっており、トリエーテッドタングステン・フィラメントの輝く光が反射して美しい。
整流管はドライバー管用に水銀蒸気整流管83(右端)、出力管用に同872A×2本(この写真は新しく入手した東芝の4H72(=872A)の試用中。「最終アンプ」には水銀蒸気整流管の特別な性能が必要だった)**

本機が我が家のオーディオシステムの中心に据わって20年が過ぎた。
周辺機器はあれこれ変わっても、不動のセンターは揺るがない。
そもそも重くて動かない。
いたわりながらもハードに使い続けて20年、至福の音とともに暮らしてきた。
長期の安定性・信頼性にも、そろそろお墨付きを与えていいだろう。
成人を機に、そろそろ社会に出てもいいだろう。

この日記、『原器を目指した「最終アンプ」』は、「音の原器」、「原器の音」を求めて製作した真空管式メインアンプの設計、製作、稼動に至る顛末や、それにまつわる様々な話を綴ろうと思います。
真空管式アンプや真空管そのものに対する愛着・憧憬みたいな気持ちも織り交ぜ、不定期で更新していく予定です。
オーディオ探求家や管球アンプ愛好家諸兄に、何かのヒントになるようなものがあれば、一つでも拾っていただければ幸いです。

(第1話 おわり)
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コメント 1

元 円通寺坂工房

熱いコーヒーすみません・・・でした。
リンク 宜しいでしょうか??
きかいが在れば最近の試作アンプの音も聞いて頂きたく思っています。
アンプはi 氏平面バッフルSPに相性が良いと思います。
by 元 円通寺坂工房 (2015-01-24 16:44) 

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