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最終アンプ(第2話)横顔と使用真空管 [原器を目指した「最終アンプ」]

20年前に誕生し、いたわりながらも酷使を続けて20年。
二十歳を過ぎた真空管式メインアンプ。
本機は、私の「最終アンプ」として製作したが、この20年間の凄まじい技術革新。
オーディオに進歩はあったのか。
「最終アンプ」は過去に置き去られた存在になるのか。
もし今現在、同じ理念の下で再度試みるとすれば、どのような形になるのだろう。
進化するのか、後退するのか・・・。

■真空管のシンボルマーク
この不思議なしるし。
未知への憧れと恐れのようなもの。
形にいろいろある。
三極管、さんきょくかん。
五極管、ごきょくかん。
丸のてっぺんに小さな四角い帽子を乗せたものもある。
私はその本を、意味も分からず繰り返し繰り返し見た。

小学校の中ごろだったのだろうか。
そのころ、家に真空管関係の本などあるはずはない。
きっとそれは、子供向けの科学雑誌であったに違いない。
理科好きの子供心を、強く引き付ける力。
その「何か」が真空管のシンボルにはあった。
今もある。
遠い昔のその本と、そのときの真空管図記号の形に、強いノスタルジーがある。
真空管シンボルマーク(縮小)(ト済01).jpg
<真空管のシンボルマークの例>
**ラジオ技術社刊 武末数馬著「パワーアンプの設計と製作」上巻より転載。古く1967年初版のこの本は上下2巻の大著であり、管球アンプ設計・製作者のバイブルであった**


■「最終アンプ」に採用した傑作管の素顔
プロの現場で使われ続けて半世紀

少年時代、妙に興味を引かれた真空管図記号(シンボルマーク)。
その話の流れに沿って、まず、本機に採用した真空管の全員を、ざっと紹介しておきたい。
管球アンプ愛好家諸兄には、水銀蒸気整流管872A以外は馴染みの球であるが、少しのお時間をいただきたい。
管球アンプにおける役者は決して真空管だけではない。
が、まずは能動素子であることに敬意を払い、また他の部品に比べて寿命が短い消耗品であり、落とせば割れる身上に礼を尽したい。

本機に採用した真空管は、みな最も古い時代に開発されたものである。
世に出て以来、半世紀50年以上の長きにわたって製造され続け、通信、放送、劇場、軍備、工業用に、様々なプロの現場で使われ続けてきたものである。

本機『音の原器を目指した「最終アンプ」』のコンセプトは、第1話に綴った。
頼るのは、真空管、各種トランス、抵抗、コンデンサー、その他の部品、線材、筐体とその構造、組み立て技術など、それぞれ個々が持つ性能のみである。
それぞれに第一級のものを吟味し、熟練の技能者が組み上げる。
「これであかんかったら、何やってもあかんやろ」。
真空管をはじめ、すべての素材は、この心境で選択・採用したものである。

出力管の選択
211/VT-4C
この選択は、迷いも検討の余地もなかった。
なぜ211なのか、なぜ「オーディオ専用出力管」845を採用しないのか、そのわけは、回路構成などについての日記で綴ろうと思う。
211/VT-4Cは、真空管の増幅作用が発見され、それを応用した3極管が開発され、ようやく実用期を迎えた1920年代の初頭に最初のモデルが作られた。
その1920年代から真空管時代の終焉に至る1980年代まで、ずっと使われ続けた古参の傑作管である。
211とその同等管は、生まれながらに比類ない優れた直線性と、たいへん素直な特性を有し、広い分野で大量に使われ、古今を通して多くのメーカーが製造した。
50年~60年間にわたって製造され続けたため、同じメーカーであっても製造時期によって構造に多少の違いがあり、またメーカー間の様々なバリエーションが存在する。

本機に実装した211は、当初の10年間ほどRCAのVT-4C(1941年製造のもの)を使っていた。
プレートの材質がカーボングラファイトであるが、このタイプでは、私が所持する5種類ほどのなかでもっとも好ましい音を出す(もちろん「本機に使用した場合は」の話である)。
その後の10年はSTCの4242A(新/旧の両タイプ)と、日本のNECのUV-211の3種類を、気が向くままローテーションしながら使っている。
この3種はいずれも金属板プレートであり、どれもたいへん好ましい音を出す。
東芝や日立も、すばらしい作りの金属板プレートUV-211を製造していたが所持していない。
特に日立の内部構造はみごとな作りであり、信頼感とともに何か惹きつけられる魅力がある。
私が使っているNECのUV-211の金属ベースには、「54年7月2日 検査 合格」と検査印が押されたNECロゴ入りラベルが貼られている。
昭和54年は1979年であり、1920年代から本当に半世紀の間、世界中で製造され続けてきたことの証である。

余談であるが、その未使用のNEC製UV-211の元箱には、「明和電気」と読み取れる文字が書かれている。
NECの代理店がこの会社に納入するものであったのか、あるいはすでに納入されていたものなのか、いずれにしろ、それがデッドストックになり、私の手元に巡ってきたものと思われる。
この球は、本機が出来上がった頃に数本入手したものであるが、それ以来ずっと、手書きの「明和電気」の文字が気になっていた。
放送局や各種無線関係の事業者の調達品であったのか、それとも無線機器や高周波関係の機器製造業者への納入品であったのだろうか。
一身上に何事もなければ、プロ用機器を相手に正規の役に就き、規格いっぱいの働きをするはずであった。
そして会社のため世のために貢献したに違いない。
それを思うと、趣味の管球アンプなど、実に柔な玩具に使われて、たいへん申し訳なく思う。


ドライバー管の選択
211/VT-4Cをドライブするドライバー管の選択は、これも検討の余地はなかった。
801A/VT-62以外にはない。
性能や素性は「211/VT-4Cジュニア」である。
801Aは、プレート電圧600V時のプレート損失20W、A級動作で4W弱の出力が取り出せる。
これも古くから様々な機器で大量に使われた代表的な出力管である。
このクラスの出力管における直線性と総合的な素性のよさは、211/VT-4Cと同様、他に類がない。
直線性最良の大型出力管を、直線性最良の小型出力管でドライブする。
本機設計の基本方針である「極限の簡素化」から選んでもこうなるが、211801Aは、どちらも真空管の動作領域のA2領域を、極めてシンプルな回路で利用できるという願ってもない利点がある。
本機の増幅部は、「初段増幅 兼 ドライバー管」と「終段出力管」の2本だけの2段増幅となった。


整流管の872Aと83
出力管用の電源の整流管には、構想の最初の段階から水銀蒸気整流管872Aを使用することを決めていた。
この選択には少なからず理論的な必然性がある。
水銀蒸気整流管の絶対的な価値は、「管内電圧降下が小さい」こと、および「電流の変化による電圧降下の変動が少ない」ことにある。
この特長は通常の高真空整流管では実現できず、長い真空管の歴史を通してこの性能を超える整流管は開発されずに終わっている。
管球アンプ愛好家にお馴染みの83も同様に、水銀蒸気整流管の並外れて優れた性能が、音質面に好結果を与えていると私は考えている。
その83は、ドライバー管用の電源に使用した。
参考までに水銀蒸気整流管の管内電圧降下の概略値は、872Aが10V。両波整流における最大出力電流(なんと3000V、2.5A!=2500mA)においても14V程度である。
83は概略値が15V、最大出力電流においても17V程度である。
一般的な高真空整流管の例として、83とほぼ同規格で、そのまま差し替えが可能な5Z3の管内電圧降下の概略値は50V~60V程度と大きい。
出力電流の増加にしたがい、さらに電圧降下も大きく変化(増加)する。
この特長が水銀蒸気整流管と高真空整流管との決定的な違いである。

また音質面では、動作時の最大電流と、供給可能最大電流との「余裕」も重要な要素であると考えている。
872Aの代表的な電源回路(両波整流)における最大定格は、平滑部出力電圧3000V超、負荷電流2.5Aである。
この巨大な底力が音質に好結果を与えているに違いない。
オーディオアンプにはあまりにも過剰な、あり余る余裕が、清澄で揺るぎない大量の直流を生み出す。
その巨大な容量からの流れが、極めて直線性の優れた出力管で制御され、比類ない音に変わる。
悪いわけはない。
そう思う。

(注意)水銀蒸気整流管は使用前に数分間の余熱時間(フィラメントのみの通電)が必要である。
このことは非常に重要な使用上の「厳守事項」なので、日記を改めてお話したい。

参考までに、キセノン(Xe)などの希ガス封入の整流管も、管内電圧降下は水銀蒸気整流管と同程度の性能を備えている。
希ガス封入整流管は、余熱時間が短く、マイナス50℃の極寒の環境でも使えるなど温度条件の範囲が広く、取り扱いが容易といった利点がある。
ただし温度の高い側の上限は水銀蒸気整流管と同程度である。
872Aと定格・外形が同じで、そのまま差し替えが可能なキセノンガス封入の4B32の管内電圧降下は、平均12V、最大電流時16Vであり、872Aに次いで優秀である。


(今回のすべての写真は拡大できます)
キセノン4B32アップ(縮小ト済).jpg
<写真1:動作中のキセノンXeガス封入整流管4B32
**4B32は、水銀蒸気整流管872Aと最大定格などが同じであり、そのまま差し替えができる。負荷が軽すぎるため発光は弱いが、紫がかったピンク色のグローが不思議な雰囲気を醸し出す。
手持ちの4B32の健康維持のため、また気分転換のため、ときどき本機の872Aと差し替えて楽しむことがある**






■「最終アンプ」の横顔・後ろ姿・正面顔
本機の五面ビュー
まずは面通し、いや、履歴書の写真と思ってご覧いただきたい。

211アンプ斜め上からDSC_7027(縮小大ト済).jpg
<写真2:本機斜め上から>
**まずは全体の配置が分かる位置から。真空管は左上から順に、ドライバー管801A、出力管211(ここではSTC 4242A)、出力管用の水銀蒸気整流管872A×2本、ドライバー管用の水銀蒸気整流管83。真空管の奥のトランスは左上から順に、段間結合トランス、出力管用B電源チョーク、ドライバー管用B電源チョーク。最後部のトランスも左上から順に、オーディオ出力トランス、フィラメント用電源トランス、B電源トランス。左端最前のトランスは信号入力トランス**




211アンプ正面DSC_7016(縮小).jpg

<写真3:本機正面>
**真空管は左から順に出力管211/VT-4C(ここではSTCの同等管4242A)、水銀蒸気整流管872Aが2本、同じく水銀蒸気整流管83が見える。ドライバー管の801A/VT-62は、左端手前の入力トランスの後ろに隠れれ見えない**




211アンプ左側面DSC_7005(縮小).jpg

<写真4:本機左側面>
**写真3で入力トランスに隠されていたドライバー管の801A/VT-62が手前に見える。その左側は段間結合トランス、そのトランスを介して211/VT-4Cをドライブする**






211アンプ背面DSC_6999(縮小).jpg


<写真5:本機背面>
**右端は音声信号の出力トランス、中央手前はドライバー管および出力管のフィラメント用電源トランス、左端はドライバー管および出力管用のB電源トランス。**





211アンプ右側面DSC_7011(縮小).jpg


<写真6:本機右側面>
**手前の真空管は水銀蒸気整流管83。その右側は83用のチョークトランス**






本機は片チャンネル約70kg、両チャンネルで140kgの重量級。
トランスだらけでとにかく重い。
重量は、そのほとんどがトランスである。
今更ながら、鉄が重いことを思い知らされる。
一旦設置したら、重くて簡単には動かせないため、コネクタや端子類、また球の交換などのすべての操作が前面からできる部品配置になっている。
円通寺坂の工房としては、実用試作品としての意味合いもあったらしく、本機の容姿は無骨である。
これだけの物量と重量を保持する筐体構造をどうするか課題であったが、常套手段である50cm×50cmの正方形の箱型シャシーに組み上げられた。
シャシーは4mm厚と5mm厚のアルミ板を十分な強度をもつ構造に組み合わせ、基礎となるフレーム部分は溶接加工されている。

シャシー上は見たとおり余地がない。部品配置はそれぞれの役目上、否応なくこのような格好に納まった。
右2/3が電源部、左1/3が信号増幅部であり、大半を電源部が占拠している。
オーディオアンプの場合、音質の根源は電源部にある。
一般的に管球式パワーアンプの場合は、出力管の種類や増幅方式、バイアス方式等ばかりがあれこれ取りざたされ、電源に対する関心が薄いように感じられる。
しかし、増幅素子が理想素子であり無色透明であると仮定した場合、出てくる音は「電源」の音に他ならない。
つまりパワーアンプの音は、電源が支配していると考えなければならない。
このことから、設計・製作の力点の第一は電源に置くべきである。

本機を聴き続けて20年、出力される音響の香りとコクは、「あり余る」電源部を乗せるという暴挙によって、はじめて醸し出される妙味ではないかと感じている。

(第2話 おわり)
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