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最終アンプ(第3話)211の選択 [原器を目指した「最終アンプ」]



1920年代の初頭、真空管211の原型が作られた。
3極管が実用され始めた頃、真空管の回路技術もなく、部品も乏しく、その品質も低い。
そういう時代であった。
よい性能の増幅器を得るには、真空管そのものの性能に頼るしかない。
ただひたすら、三極管それ自身の性能を突き詰めて211は誕生した。
直線性は比類なし。
その後に生まれた様々な球を含めて無敵である。
真空管の時代が終焉を迎えるまで、綿々と製造され続けた211

「余計な策はいっさい弄せず、真空管そのものの性能に頼る」。
「最終アンプ」の理念に謳ったような真空管が実在した。
211
本当に奇跡のような球である。

(写真はすべて拡大できます)
4242A全景(縮小ト済)DSC_2344.jpg






<写真1、2:動作中の出力管211(相当管のSTC4242A)と、プレート内部の鏡面反射の輝き>
**4242A(STC後期タイプ)。金属板プレートの外側表面はガス吸着用のジルコニュウムが塗布され、内側は鏡のように磨かれている。フィラメントの輝きが鏡に反射して眩しく美しい。211相当管のなかでもっとも美しいと思う。(注)STCの4242Aは本機の動作電流60mA程度でも、プレートが僅かに赤くなる。定格近くでは赤熱するが心配無用。ジルコニュウムは高温でガスを吸着するらしく、赤熱するように作られている**

4242A内部の輝(縮小ト済)DSC_7419.jpg















「高能率SPだから1Wで十分」?
人の耳の感度は非常に悪い。
野生動物であれば致命的といえるほど低感度である。
犬や猫、ハムスターや小鳥たちと暮らした経験からそう思う。
そのため、再生音の音質を聞き分けるには、ある程度以上の音量が必要なのではないか。
また同時にスピーカーもその形式を問わず、ある程度の音量以上で音質的に良好な動作領域に入るのではないかと思う。
だからスピーカーを駆動するパワーアンプの出力は、ある程度大きい方がいい。
ビンテージ物の高能率スピーカーだから1Wで十分、などの話をよく聞くが、そう単純な筋書きにはならないのではないだろうか。
汲めども尽きぬ音楽の泉、その音色の機微を、人の耳が満足に感じ取るには、ある程度の音量が必要である。
また、音質的に良好な音を再生するにも、ある程度の余裕あるパワーが必要である。
つまりパワーアンプの出力は、高能率スピーカーであっても、製作条件が許すかぎり大きい方がいい。

「最終アンプ」の理念から、出力段の増幅形式は「A級シングル」となる。
「A級シングル」と「ハイパワー」。
この条件からも、出力管は211/VT-4Cとなる。

211は時代の賜物
211の性能と特性は特筆すべきものである。
1912年に3極管の増幅作用が発見されて以来100年の真空管史上、211の直線性のよさと総合的な素性のよさを超えるものは他にはない。
211を超えるものを作ろうと挑戦し、これを超えられなかったのではないだろう。
211以降の真空管設計の主眼が、直線性などとは別の方向に向いたためである。
その211が、真空管開発史のほんの初期、1920年代の初めに作られたことに驚く。
おそらくそういった時代であったからこそ、生み出された球である。
つまり後世の近代管のように、4極管、5極管、ビーム管・・といった構造上の様々な工夫を凝らすことなく、3極管の素朴な構造だけを相手に、当時の最高の技術者たちが徹底的に性能を追及した末の傑作なのであろう。

出力段の回路は、シングルのA級増幅が最も簡潔で好ましい。
その上で、大出力時のピークに突入するA2級領域(グリッドバイアスがプラスになる領域)の対応がうまくできることが、パイパワーを得るためにも、音質上からも必須である。

「最終アンプ」の選択 211 vs 845
姿・形が211と同一で、211よりも内部抵抗(rp)が低く、オーディオ増幅専用とされている845という出力管がある。


RCA211_845(縮小)DSC_7401.jpg
<写真3:出力管RCA845とRCAVT-4C
**211ガラス管上の「U.S.A VT-4C」の文字は、プリントではなくエッチング(ガラスの表面を、すりガラス状にしたもの)であり、アルコールで拭いても消えない。また金属ベースのRCAのロゴ等も、アルミの表面を腐食加工したもので、これも消えない。845はRCAのロゴの形から、多分60年代製造のものではないか**


RCA211製造日付(縮小)DSC_7409.jpg


<写真4:RCAVT-4Cの金属ベースに印された製造日>
**70年前のものが完璧に動作する。長期使用もトラブルなし。恐るべき製造技術と品質管理**





さて845
私には845を使いこなせないし、名声の割にはさほど興味が湧かない。
設計が安直すぎる気がする。
RCAVT-4CとRCA845のグリッドのクローズアップ写真(写真5)を比較すれば一目了然であるが、845211のグリッドのピッチ(間隔)を広げた(つまりrpとμを下げた)だけのように思える。
211の派生管と言われてもしょうがない作りである。
グリッドの目を粗くすることにより、内部抵抗は1/4以下、増幅率は半分以下に下がり、その代わりに最大出力が2倍ほどになった。

私はVT-4Cの目の詰んだグリッド(つまりrpが高い)に構造的な美しさを感じるが、この美しさ(rpが高い)がいい音を出す要因ではないかと思っている。
rpが少々高くても、適合する出力トランスを作れば問題はないだろう。
845の性能をフルに使って、211の2倍ほどの最大出力を得る利点よりも、非常に深いバイアスを供給できるドライブ回路を実現することに、より大きな問題が生じると考えている。
そこをクリアしたとしても、出てくる音響が211より好ましいとは限らない。
211のパワー不足は、A2領域の良好な動作で補えるだろう。
拡声器用の大出力増幅器や、昔の映画館用の増幅器であればいいのかもしれないが、私の「最終アンプ」に845はやはり適さないと思う。

RCAグリッドアップ(縮小ト済)DSC_7393.jpg
<写真5:RCAVT-4C211の米軍呼称)(左)と、RCA845(右)のグリッドの比較>
**845は、211/VT-4Cのグリッドのピッチとくらべ、ずいぶん間隔が広い。211のグリッドピッチを変更しただけで、その他の構造は同じであることが分かる**



AMPEREXグリッドアップ(縮小)DSC_7377.jpg


<写真6:AMPEREXの211(奥)と同845(手前)のグリッドの比較>







211のジャンボ版4212E
STCの4212Eという、STC4242A211同等管)の最大規格を、をそっくりそのまま2~3倍に大きくした巨大な送信管がある。
以前、この球を輸入した業者の方から、どうか、と勧められたことがある。
高価であったが、球の価値からは安いと思った。
4本ほど入手しておけば、一生安心して楽しめる。
WE212の欧州版であるSTCの4212Eは、見るだけでも魅力的な容姿の、美しい真空管である。
激しく迷った。
が、所詮、私には手が届かない球である。

手を出せなかった理由は、STC4212E本来の性能をフルに発揮させ、音響的ハイエンドを突き詰める場合、アマチュアの道楽程度のアプローチでは製作不可能であることが分かっていたからである。
会社の業務レベルで相当な投資の下、各分野の専門家を交えて取り組まなければ、STC4212E級の球を使いこなすことはできない。
当然といえば当然の話しであるが、このクラスの球は、元来、それくらいの装置で使うものである。
最大プレート電圧3000V、最大プレート電流350mA、プレート損失275W。
オーディオアンプのA級シングルに使うには、これ以上のものは望めないほど魅力的な規格である。

しかしいくつかの、あまりにも大きな問題がある。
4212Eを出力管とし、「原器」を目指して問題を一つ一つ、それぞれに満足な解答を出していくと、その結果、全体の構成はとんでもない物量になり、木造家屋には搬入できないほどになる。

まずプレート電圧
4212Eを1000V~1500V程度の低電圧で使う場合、211を400V~500V程度の低電圧で動作させたときと同じ問題――つまり、211が本来秘めている音質のレベルに達しないのと同じことが起こるのではないか、との予測がある。
この音の違いは、出力の大きさや音量の違いを言っているのではない。
出力の大小とは別次元の音響的な違いがある、という意味である。
一般的にオーディオ用の出力管は(つまり音響を重視する増幅器の球は)、定格の上限付近で使用しなければ、それぞれの出力管本来のよい音は得られない。
このことは、昔から多くの先達の指摘するところである。
これらのことから、よりよい音を求めて、あえて4212Eを採用するからには、プレート電圧は少なくても2500V程度はかけたいと思う。
電源は、本機で採用した水銀蒸気整流管872Aを使えば、電圧も電流も余裕は十二分である。
さてここまでは、高圧を扱うノウハウがあれば製作可能である。  

出力トランス
しかし、さらに大きな問題が出力トランスにある。
出力管が211である本機の場合、Ipはわずか60mAしか流れていない。
それでも出力トランスは直流150mAを許容し、出力30Wで20Hzあたりまでほぼフラットな仕様で作られている。
市販品の商品カタログ(40Hzを基準としたカタログの場合)に載せるとすれば、4倍の「120W出力(基準の周波数が1/2になれば出力は4倍必要になる)、直流許容150mA超のシングル用トランス」と表示されるだろう。
4212Eの場合、プレート電圧2500Vで、Ipを200mA流すとしよう。
許容直流電流をその2倍の400mAに取り、出力60W程度を20Hzあたりまでほぼフラットな仕様で作らせた場合、どのような大きさと重さになるか、恐ろしくて計算もできない。
先の要領の商品カタログには、「シングル用、出力240W、直流許容400mA超、耐圧連続3000V」と載るだろう。
オーディオトランスの常識から考えると製作はほとんど不可能に近い。
それでも道端に立って、電柱の柱上トランスを見上げれば、その程度のものは子供だましのように思えたりもする。
結論として、4212E本来の音質を引き出すためには、左右両チャンネル分を、高さ2mほどの電子機器用標準ラック1・2本に収められるかどうか、というほどの物量になるだろう。
完全に工業機器の体裁となるが、鉄筋コンクリートの家屋と、鬼のような仕様の出力トランスを巻ける職人さんがいれば、「最終アンプの理念」になんとか近づけた4212Eシングルアンプは作れないこともない。
夢のような話であるが、ぜひともその音を聞きたいと思う。
今まで誰も聞いたことのない、まさに空前絶後の音響が飛び出すかもしれない。
本機に挿して、私がもっとも好ましい音と感じているSTCの新タイプ4242A
その構造や定格をそっくり相似形で2・3倍に大きくしたものがSTCの4212Eである。
間違いはないだろう。

211のおかげさま
壮大な夢の4212E
使いこなすには「余計なこと」をしなければならない845
幸いにも1990年代には、米国製(たまには欧州の)211/VT-4Cやその同等管が、わりあいポピュラーに出回っていた。
私の手元にも、メーカー別の何種類かがあるが、本機に差して鳴らしてみると、どれもなかなかいい感じである。
もし211のような特性・素性の球が存在しなかったら、本機「簡素の極み」の増幅部は実現できなかったと思う。

真空管が実用され始めた初期の時代の球211
本機は結局、この古い古い古典管に「全面的に頼った」増幅器である。
私は、それ以外に頼ることができる球を知らなかった。
「最終アンプ」のつもりの本機が「うまくいった」のは、それが幸いしたのだと思う。

211
これは私にとって、音楽の泉のような真空管である。

(「最終アンプ」第3話 211の選択 おわり)

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渡辺陽司

素晴らしいですね。ところで、4212Eに関しては、若干誤解があるようです。真空管メーカ動作例で、アノード電圧1500V、アノード電流170mA、バイアス電圧-57V、出力50Wというのがあります。それから、ご存じとは思うのですが、Eimacの304TLという送信管。安い(最安値200米ドル)Pd(max)=275W で4212Eよりちょっと大きい。フィラメント大食いですが、どうにか手が届くかと。シングル用トランス(なんと75W、5kΩ)、カナダ製が通販で、40000円以下+税がありましすし。211が一生ものなら、こちらは、孫の代まで?
by 渡辺陽司 (2015-09-15 22:41) 

田中

イクスクルーシヴC7、M5、ヤマハB-1を売り、三栄無線の組み立て済みVT4Cを買いました。
大正解。
ちなみにイコライザプリはLCです。

528255
by 田中 (2019-09-21 12:54) 

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