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最終アンプ(5)水銀整流管の作法と掟(おきて) [原器を目指した「最終アンプ」]

原子が直接放出する光には、人を魅了する神秘的なものがいくつかある。
大は天空を舞うオーロラ。
小は83のプレートの中のグロー。

本機「最終アンプ」のドライバー管801Aの電源には、水銀蒸気整流管83が使われている。
83は、高真空型の整流管では得られない音質が期待できるため、昔から管球アンプ愛好家に根強い人気があり、それが今日まで続いている。
1990年前後ごろであったか、機会あるごとに買い集めたRCA83の中の数本に、茶色に変色したマニュアルシートが巻かれて入っていた。
古い時代の大きめの赤い元箱に入っていたもので、1940年頃に印刷されたRCA83のオリジナルのマニュアルシートである。
その記述の中に「発光」に関する、ちょっと文学的な薫りが漂う箇所があった。


801ア真上グローDSC_8336(縮).jpg
<写真1:動作状態のRCA83を真上から見た状況>
**英文にあるように、プレートの(筒の)中がグローで満たされている。良好な83が発するグローは、ゆらぎや、まばたくような不安定さはなく、極めて安定した発光が持続する。私の経験からは、入手したRCA83の10本に数本の割合で、グローが不安定な「半不良品」が混じる。現状ではむしろ、完璧な状態の83に当たる方がラッキーなのかもしれない**



Under operating conditions, the 83 has bluish-white glow filling the space within the plates and extending to some degree into the surrounding space outside the plates.

(私の訳:動作状態にあるとき、83のプレートの内側は青白色の輝きで満たされ、またその光はプレートの外周にも幾分の広がりを見せる)かな。


今日の日記
さてこの英文の一節は、私が83のグローを見た時の感覚にとてもよく似ています。
このテクニカルシートの一文を発見したときは、執筆者に親近感を覚えたものです。
このように水銀蒸気整流管は、人を魅了する発光現象とともに、「余人をもって代えがたい」音質面での大きな期待と可能性を秘めています。
その反面、この手の整流管を使うには、昔も今も変わらぬ、ちょっと厳しい掟(おきて)と作法があります。
今日の日記は、本機「最終アンプ」の電源部を、少し詳しく観察してみます。
使用されている水銀蒸気整流管の「掟」と「作法」の実際とともに、本機の電源部の仕様などについて綴ろうと思います。


801Aシングルアンプ起動時の整流管の様子
本機「最終アンプ」の話に入る前に、参考までに、前回の「最終アンプ」(4)に登場した801Aシングルアンプの電源を投入し、水銀蒸気整流管83の起動時の様子を観察してみます。
水銀蒸気整流管の第一の掟は「プリヒート」(予熱)です。
まずフィラメントのみに通電し、その熱で水銀を蒸発させ、管内を飽和蒸気で満たすことが目的です。


電源ON直後から観察開始

801ア電源ON_DSC_8287(縮).jpg




<写真2:電源ON 直後の水銀蒸気整流管83の様子>
**電源ランプのLEDが点灯し、83のフィラメントが赤熱しているが、電源ON直後であるため、管壁はまだクリアな状態。整流管後方の電源トランスは、整流管の撮影のため、ティッシュペーパーをかけてある**






801ア5'30後DSC_8309(縮).jpg




<写真3:電源ON 30秒後の様子>
**管壁内面全体が曇ってきた。フィラメントに熱せられて蒸発した水銀が、管壁で冷やされて凝縮したもの**







801ア1'30秒後DSC_8298(縮).jpg




<写真4:電源ON 1分30秒後の様子>
**管壁がさらに曇ってきた。管内が水銀の飽和蒸気で満たされていることを示しており、83の場合はこの状態でスタンバイ完了、B電源投入が可能である**






801ア2'10後高ON_DSC_8303(縮).jpg



<写真5:電源ON 2分10秒後、B電源投入直後の様子>
**タイマーリレーによりB電源が投入された直後の様子。プレート内部にグローが見える(周囲が明るいため光は微か)。管壁上部の筒の部分がクリアになってきた。管壁も熱せられて温度が上がり、凝縮した水銀が再度蒸発したため**






801ア5'30後DSC_8309(縮).jpg




<写真6:電源ON 5分30秒後、B電源投入3分20秒後の様子>
**管壁全体の温度が上がり、下部の黒いベース付近を残して、ほとんどがクリアになっている。この時点の真上からのViewが写真1**







801ア動作中全景DSC_8318(縮).jpg


<写真7:電源ON 数10分経過したアンプ全体の様子>
**83は全体がクリアになり、曇っている部分は最下部の一部分のみ**







そもそも今どきなぜ真空管アンプ
さてさて、そもそも「ダイオード」という高性能の整流素子が存在するのに、今さらなぜ「整流管」なのか。
さらには、昨今の半導体技術を利用せず、なぜ過去の遺物である「真空管アンプ」なのか。
ここでもう一度、この根源的な問題に対する私なりの答を「こじつけ」てみたい。

このことは同好のオーディオ仲間からも、たまに言われることがある。
もっともな疑念であると思うし、私自身も一般論としては、半導体アンプより真空管アンプの方が音質的に優れているとは思っていない。
しかし本機のように、能動素子2つだけで数10Wの出力を、それも最高クラスの音質で得られるアンプは、真空管式以外には求められないと思う。

増幅作用に関与する能動素子の数
昨今の半導体アンプは、数10、あるいは100以上の能動素子が使われていると思われる。
その中で、増幅作用に直接関与する能動素子の数の合計は幾つぐらいになるのだろうか。
その圧倒的多数 vs 2つ。
本機の場合、私はこの点に真空管アンプの優位性を見ている。

接続箇所の数
また半導体アンプの場合、能動素子の数に比例して、オーディオ信号が直接通る経路に、非常に多くの接続箇所が存在する。
はたして合計いくつの半田づけの箇所、あるいはコネクタ接続の箇所が介在するのだろうか。
オーディオ愛好家であれば、誰しも、ライン入出力の端子やスピーカーの端子、また各種の切り替えSWの接点などの信号の接続部には、神経質なほど注意を払う。
それは当然として、機器内部の回路には、それらの何10倍もの接続箇所が存在することを忘れてはならない。
その圧倒的多数 vs 少数。
本機の場合、私はこの点にも真空管アンプの優位性を見ている。

たった2つのA級増幅の能動素子。
真空管式の本機「最終アンプ」は、これらの点において、圧倒的な優位性があると確信している。
そこが本機を製作する大きな動機の一つであり、そして結果もそれを裏切らなかった。


なぜ整流管
水銀蒸気整流管の絶対的利点については、当日記「最終アンプ」シリーズで繰り返し紹介してきた。
水銀蒸気整流管は高真空整流管にくらべて、電圧降下が極めて小さく、かつ降下電圧が電流の増減によらずほぼ一定、という優れた特長がある。
そして音質面での期待と可能性も大きい。
83の場合、それらの実験は簡単にできる。
83は、ソケット互換性のある高真空型の整流管の数種類、たとえば5Z3などと挿し替えができるため、電圧降下や音質比較の検証は容易に可能である。
当然ながら、音の違いは個々の被試験アンプによって異なるが、時間をかけて(そこが大切)実験をやってみる価値は大いにあると思う。

それならダイオードでしょ
さて、管内の電圧降下を問題にするのであれば、水銀蒸気整流管の1/10以下の優れた性能のダイオードを使えばいいではないか、という意見にはどう答えるのか。
実は水銀蒸気整流管の83にも、872Aにも、ソケット互換性のある「ダイオード版83」、「ダイオード版872A」(アノードキャップはなく、足に接続されている)が実在する(eBayあたりで時々出品される)。
私は所持していないが、872Aのこれを使った実験には興味がある。
その「ダイオード版83」の「簡易手作り版」、UX4ピンソケットにダイオードを2個付けたものと置き換える実験は、過去にいろいろな種類のダイオードでやってみたことがある。
その結論は、メインアンプにおける83の場合、ダイオードによる置換後の音質は、決して悪くはなかった。
また、ダイオードのスイッチングノイズがどうこう、といった問題も特段の障害にはならなかった。
それでも「整流管」を使うのは、

「わざわざ真空管アンプを作るのに、その電源の整流素子に整流管を使わないという“アンバランス感”(私の美意識的尺度)を曲げてまで、ダイオードを採用するほどの優位性は確認できなかった」

ということに尽きる。



まず本機の発熱量
さて、本機の電源部に話を戻したい。
まずセットの発熱量であるが、出力管211の発熱は大きい。
フィラメント電力10V×3.25A=32.5W。
プレート損失1000V×60mA=60W。
合計でざっと100Wの発熱がある。

872Aも5V×7.5A=37.5Wのフィラメント電力が2本分、80Wほどの発熱がある。
水銀蒸気整流管は管壁温度の制約があり、特に放熱について十分考慮する必要がある。
さらにドライバー管801Aの発熱もあり、真空管だけで合計200Wほどの熱が発生する。
その上、211801Aのフィラメント直流点火用レギュレータからの発熱も大きい。
ともかく十分な放熱対策をした構造設計をしなければならない。
本機は自然空冷で連続使用が可能なように設計されている。
強制空冷ファンに頼る手もあるが、この程度の規模であれば、自然空冷連続使用を基本仕様とすべきと思う。


実況解説 電源ONから定常状態まで

電源ON
では電源を入れよう。
電源スイッチに指を掛ける前に、まず本機全体を眺め、それぞれの球やアノードキャップの様子などに異常がないかを確認する。
電源ON。
電源スイッチは大昔から変わらない無骨で大きいトグルSWである。
少し重いが意外に感触はよい。
いかにも信頼感があって小気味いい。
冷えて抵抗値が低くなっている合計5本の真空管のフィラメントに一斉に突入電流が流れ、1・2秒の間、過電流によりトランスやフィラメントがブ~ンとうなる。
スイッチONと同時に211801Aのトリエーテッドタングステン・フィラメントが明るく灯る。


電源投入前DSC_7962(縮).jpg


<写真8:電源ONの前の様子>
**水銀蒸気整流管の83872Aは、長年使用している球なので、管壁内部の汚れた部分がある**






10秒ほど経過
水銀蒸気整流管の872A83は、10秒ほど経過すると、早くもフィラメントの熱で蒸発した水銀が、冷えている管壁内面に蒸着し始め、内壁全体が雲ってくる。
もうしばらくすると、その曇りが徐々に鏡のようになり、管の壁面に周囲の景色が映り込む。


30秒経過DSC_7968(縮).jpg

<写真9:電源ON後30秒経過>
**83は先の写真3・4などと同じ状況。872Aは管壁内部に凝縮した水銀蒸気が、蒸着された鏡のようになり、床の色が反射して橙色に見える。本当はクロームメッキのような鏡であるが、カメラのホワイトバランスの影響なのか、このような色になった。下手なカメラマンで申し訳ありません。**



実はその「鏡状態」(クロームメッキ状態)を撮りたくて、3度挑戦したが、どうやってもうまく写らなかった。
どうやら、鏡面をそれらしく撮るには、かなり撮影技術の研究が必要なようだ。


2分ほど経過
2分ほど経過すると、鏡になった管壁が、部分的に徐々に晴れて透明になってくる。
管壁の温度が高くなり蒸着した水銀が蒸発するためである。管壁がこの状態になれば、872Aのスタンバイができた目安である。


3分経過DSC_7987(縮).jpg


<写真10:電源ON後3分経過>
**83872Aも、鏡面であった部分(橙色に見えていた部分)がだいぶ透明になってきた。872Aのフィラメントが見えるようになった。**




5分経過DSC_8002(縮).jpg


<写真11:電源ON後5分経過>
**タイマーリレーによるB電源ONの直前。管壁下部を除いて、ほとんどの部分がクリアになった。872Aの予熱もこれで十分**






5分経過 パシャン!
電源ONから5分後、タイマーリレーが作動してパワーリレーがONになり、B電源用トランスの1次側にAC100Vが供給される。
タイマーリレーの音はほとんど聞こえないが、パワーリレーの音は大きい。
この音の感じも、信頼感があってなかなかいい。
その一瞬、872Aの上部全体が青い光で充満し、すぐに小さくなって安定する。電源部の平滑コンデンサーを充電するための突入電流により、強く発光するためである。
管内電圧降下の少ない水銀蒸気整流管には、この突入電流を制限する意味からも、平滑部はチョークインプット方式であることが必須の条件となる(図1の③の部分)。
タイマーリレーの設定は、水銀蒸気整流管はもとより、211801Aも、その他諸々の部分も含めて、多少とも熱的ストレスの緩和になるよう、できるだけ長い時間プリヒートした方がよい。
日常、気の向くままに使って20年、突入電流の攻撃も、少なくとも通算2000回を超えていると思う。
電源ON時に何かが壊れたことはまだ一度もないが、劣化したヒューズが断になることはたまにある。
B電源用トランスの2次巻線センターラインに低抵抗を入れるなど、本機のちょっとした安全設計が功を奏していると思っている(図1の②の箇所)。


音を出すまでしばらく放置
B電源が供給された時点で音は出る。しかし長年の習慣から、時間に余裕があるときはそのまま10分~15分以上は放っておく。
半導体アンプの場合もしかり、各種のプレーヤ、DAコンバータなど、すべて同じである。
オーディオ機器のほとんどは寝起きが悪い。目覚めた直後の眠そうな音を聞きたくないため、シャキッと目を覚ますまで待つことにしている。
B電源ON後20分~30分ほど経過すると、872Aの管壁温度の上昇も飽和点に達し、青色グローが鮮やかな色で輝くようになる。
グローは管壁温度が高いほど美しい。
冬よりも夏の方がきれいである。
さあ、もうそろそろ音を出してもいいだろう。
今日も第一声から、思わず身構えてしまうほどのリアル感のある音を期待したい。


水銀蒸気整流管872Aの管壁温度の管理
プリヒートと温度管理が適切でない場合のダメージ
水銀蒸気整流管872Aを使うためには、設計上および使用上の特別な注意が必要である。
まずは管壁の温度管理がある。
872Aのガラス管最下部(金属ベースのすぐ上)の温度は、20℃~70℃の範囲でなければならない」と、RCA872Aの元箱に同梱されていたデータシートに書かれている。
この球が作られた遠い昔の時代に思いを馳せる茶色に変色した紙であり、折ればパリッと割れてしまうほど乾ききり、しなやかさが失われている。
70℃を超えると、水銀の蒸気圧が上がりすぎて逆耐電圧が下がり(逆電流が流れやすくなって)最悪の場合は内部でスパークが発生し、各部にダメージを与える危険性がある。
20℃~60℃におけるピークプレート逆耐電圧 10000V
20℃~70℃におけるピークプレート逆耐電圧  5000V
となっている。
逆に温度が低いと、十分な蒸気圧が得られないため電圧降下が増し、その結果、陽イオンがカソードへ衝突する速度が速くなり、カソード(=フィラメント)を損傷する危険性がある。
寒冷地では、フィラメントのプリヒート時間を10分以上にすべきだろう。
このように水銀蒸気整流管は、周囲温度と管壁冷却を十分考慮した機体設計をしなければならない。


B電源ON36分経過DSC_8037(縮).jpg




<写真12:電源ON後30分ほど経過した872Aのガラス管最下部の様子>
**水銀の飽和蒸気から凝縮された水銀粒が、管内の最も温度が低い箇所に付着している(この様子は封入されている水銀の量によって異なる)**







B電源ON30分経過83_DSC_8029(縮).jpg




<写真13:同じく電源ON後30分ほど経過した83のガラス管最下部の様子>
**隣の872Aと同様に、水銀の飽和蒸気から凝縮された水銀粒が、管内の最も温度が低い箇所に付着している(この様子は封入されている水銀の量によって異なる)**








一般の家庭におけるオーディオ機器にとっての「住み心地」は、四季を通して快適な環境を与えられているとは限らない。
室温、つまり雰囲気は、冬は低く夏は高いとも限らない。
冬、各種の暖房機器の熱が直接機器にあたれば、機器の温度は夏よりも高温になる可能性がある。
夏、空調環境が良好な室内であっても、空気流の死角であったり、直射日光が差し込んだり、思わぬ高温になる可能性もある。
これらのことを考えると、本機の設置場所の想定上限の室温を、少なくても30℃以上に置かなくてはならない。30℃を上回る雰囲気において、200W超の発熱がある本機の連続運転の安全確保には、設計上たいへん厳しい対応を迫られる。
近年はパソコン用の「静音ファン」なるものが安価に入手できるので、強制空冷の導入も、高温時の補助としては有効である。
ただし冷却を、全面的にファンに頼る場合は、なんらかの原因でファンが停止したときの安全対策を講じておく必要がある。
家庭用のアンプであれば、ファンの停止を検知して、主電源をOFFにするだけでよい。

本機で体験したことであるが、20年の間には、真夏の熱帯夜に電源を切り忘れ、エアコンが止まった部屋で翌朝まで炎熱地獄を味わわせたことが何度もある。
熱帯夜に、そよ、とも空気のゆらぎがない雰囲気に置かれた本機の筐体は、怖いほどの温度に達したと思われるが、いままで一度も異常事態にはならなかった。
本機の場合、872Aの動作は、定格の、電圧は数分の1、電流にいたっては数10分の1程度の超軽作業しかしていない。
そのため、温度に関するマージンが多少は上がっているのかもしれないが、水銀の蒸気圧が規定の範囲を超えれば、必ずどこかに何らかのダメージを与えるだろう。
その被害がどのようなものになるのか私には分からない。


211アンプ斜め上からDSC_7027(縮小大ト).jpg



<写真14:本機の全景(再掲)>
**必要最小限の放熱は、それぞれの真空管まわりの空間の余裕によって確保される。また、発熱量が大きい出力管211と整流管872Aのソケット穴には、通気間隙を設けてある。また直流点火用の電源部の熱は、写真のシャシー右側面に逃がしているため、放熱フィンを取り付けた**






水銀蒸気整流管のプリヒートは長めに
872A83がもたらす、音質的に他の整流管では得られない効能を信じている以上、この整流管を安全無事に使い続けなければならない。
繰り返しになるが、水銀蒸気整流管の電源投入時に守らなければならない掟はプリヒートである。
フィラメントとB電源を同時に投入してはならない。
本機では電源ONにより、増幅部を含めて、すべての真空管のフィラメントのプリヒートが始まる。
プリヒート時間は5分ちょうどにセットしてある。
増幅管のフィラメントも同時に点火するため、すべての真空管の熱的ストレスの緩和にも役立っていると思う。
20年間、高圧を加える前の5分間の「準備運動」を、すべてのフィラメントにやらせてきた。
東京近郊の平野部では、冬場の木造家屋でも、5分間の予熱で必要十分だろう。
私の主観的な感覚では、5分以下ではプリヒート上の不安があり、5分以上は使い勝手の上から長すぎる、といったところか。
B電源がONになっても、すぐに音を出すわけではなく、普通はその後10分~15分以上は放っておくが、プリヒートは5分程度で終わってほしい、という意味である。
しかし寒冷地の冬の朝などは、冷え切ったまま電源を入れることを想定すると、10分間ほどのプリヒートが望ましいと思う。
RCA872Aのデータシートによると、周囲温度が10℃~20℃の場合、プリヒート時間は最短2分間、20℃以上の場合は最短1分間、と明記してある。
しかしこれらの記述は、いわゆるカタログデータと受け取り、その数倍のプリヒート時間を与えていただきたい。
RCAのデータシートのグラフによると、フィラメントのプリヒートを開始してから、凝結している水銀の温度が、周囲と熱的平衡に達するまでの時間は、代表例で約30分ほどかかる。
球の形が大きくて重いだけに、872A全体の熱慣性はかなり大きいことに留意されたい。


タイマーリレーとパワーリレー
プリヒート時間とB電源の投入は、タイマーリレーで制御する。
本機は、タイマーリレーの設定時間を5分にしている。
電源スイッチONにより全球のフィラメントが点火し、その5分後に作動するタイマーリレーの接点でパワーリレーを制御し、B電源用トランスの1次側に通電する。
当然のことであるが、タイマーリレー自身の接点をパワーラインのON/OFFに使ってはならない。
その接点の容量が、電圧・電流ともに満足していても使わない。
タイマーリレーは、いわゆる「接点渡し」と呼ばれる、被制御機器を制御するための接点を与えるためのものである。
つまり、相手側のリレーを制御したり、半導体スイッチのゲートを制御するなど、ごく軽い負荷を想定している。
誤った使い方をして、たとえば接点がスパークなどでONのまま貼り付いてしまった場合、次回の電源ONではフィラメントとB電源が同時にONになり、恐ろしいことになる。
タイマーリレーはパワーリレーに比べ、接点やバネが柔である。
「時計係り」には時間だけを計らせておけばよい。
当然であるが、パワーリレーは元来パワーラインをON/FFするためのものであり、電力の開閉に関する信頼性は非常に高い。
信頼性と安全性、それに長期安定性のための設計とはこういうものだ、とは、本機を製作した円通寺坂工房からの受け売りである。

タイマーリレーとパワーリレーDSC_7055(縮).jpg

<写真15:本機のタイマーリレーとパワーリレー付近の工作>
**左の白いのがタイマーリレー(定番のOMRON製)。右側の黒いのがパワーリレー。工作はプロ用機器のレベル**





水銀蒸気整流管のための電源部の仕様
水銀蒸気整流管に関連して、本機の電源部の仕様を簡単に紹介させていただきたい。
B電源用トランスは、フィラメント用トランスと分離独立。
またB電源用トランスの2次巻線は、初段用と出力段用と分離独立させている(私の要求は、トランスごと分離独立であったが、筐体の大きさと重量などから断念せざるを得なかった)。
B電源用トランスの仕様は、「AC100V 容量550W」。
初段801A用2次巻線「中点タップ付き450V・650V 80mA」。
出力段211用2次巻線「中点タップ付き1000V・1100V 200mA」。
こういった仕様のものを作ってもらった。

整流部、平滑部とも、初段用と出力段用とは分離独立である。
整流管は初段用に83を1本、出力段用に872Aを2本使う。
いずれも水銀蒸気整流管であり、内部電圧降下が大変小さく、電流の変化による変動も少ない。
平滑部はどちらもチョークインプットである(図1の③部分)。
水銀蒸気整流管を使う場合には必須の条件である。
チョークインプットはフィルターとしての性能が優れているとともに、整流管の耐逆電圧を低くしたり、B電源ON時の突入電流の抑制にも大きな効果がある。
使用するチョークの仕様は、初段801A用に「10H+10Hの50mA」、出力段211用に「10H+10Hの150mA」である。
どちらも可能なかぎり直流抵抗が低いものを作る必要がある。

平滑用のすべてのコンデンサーはフィルム系を採用し、電解コンデンサーは使っていない。
電解コンデンサーは、801A211のフィラメントの直流点火用電源に使っているだけである。
平滑用のすべてのコンデンサーをフィルム系としたのは、音質面と長期安定性からの選択である。
「パワーアンプの音質は、電源の音を聴いていると思うべし」。
また、真空管アンプにおける整流管を使った基本的な整流平滑回路の場合、平滑用コンデンサーの容量をむやみに大容量にすると、音質を損なう結果になる、との先達の教えも遵守しなければならない。
なぜそうなのか、私には明確に説明することができないが、電源ON時の突入電流をなるべく小さく短時間に抑え、整流管の過度的な過負荷を軽減する意味からも、容量は必要十分な範囲で最小限に止めておくべきである。


電源部回路図赤印.jpg

<図1:本機の電源部の全回路図(再掲)>
**①はタイマーリレー部。②は安全設計のための挿入抵抗。③はチョークインプット部分。フィルター入り口のコンデンサーの容量をむやみに大きくすることは厳禁。整流管の寿命に影響する**







家庭用機器として安全・安心・安定設計
本機のような1000Vを扱い、かつ大きな発熱を伴う機器を家庭に持ち込むには、十二分な安全設計を行うことが、すべてに優先される。
また、機器を扱う人には一定の知識が必要であり、家人にも必要最低限のことを話して教えておくべきである。
特に幼児や小さい子供がいる家庭では、絶対に手を触れることができないような対策を講じる必要がある。
本機を取り扱うための必要最低限の知識を持たない人にとって、本機は危険である。



家庭での1000Vの安全対策
温度の次は1000Vの電圧である。これはもっと怖い。事故の状況によっては命にかかわる可能性がある。
幸い私は、まだ1000Vの電撃を喰らったことはないが恐ろしい。
恐れなければならない。
そして少しでも安心できるよう、万全の手を打たねばならない。
特に幼児には厳重な注意が必要である。
いたずらは彼らの仕事であり、それを阻止できない。
彼らがどう知恵をまわしても絶対に手が(スプーンを持った手も)届かないようにすべきである。
872Aの光やアノードキャップなどが興味の対象になってしまった悪夢を考えると血の気が引く。
高圧部の配線の引き回しや線材、端子の処理、半田付けのノウハウなど、高圧を扱うにはかなり専門的な知識が必要になる。
高圧がかかる半田付けの箇所から、先の尖ったヒゲが出ていれば、どのような現象が起こるのか。
電線の被覆に関し、材質・厚み・耐圧の関係はどうなのか。
「プレート電圧1000V」の場合、回路各部の最大ピーク電圧は、どの部分に何ボルトかかるのか。
電源ON時(B電源ON時)、OFF時には、過渡現象によるどのような電圧が、どこに発生するのか。
その他にも、高電圧を取り扱うために必要な知識は種々あると思うが、私はこの方面の専門知識に詳しくなく、これ以上の話ができない。
とにかく使う人はもちろん、その家族も1000Vの怖さを知っておく必要がある。
本物の高圧を扱う人から見れば、1000V程度は高圧のうちに入らないが、ものが一般家庭用娯楽機器のオーディオアンプだけに、やはり1000Vは特別であり危険である。



電源部が要(かなめ)
信号増幅部のクオリティーが上がり、ピュアになればなるほど、聞こえてくるのは「電源の音」である。
つまりメインアンプから出てくる音の源は「電源部」にある。
言い換えれば、メインアンプの音質は「電源部」に支配されている。
このことから、信号増幅部に投入する物量(クオリティーの意味)以上のものを、まず電源部に投下すべきである。

このことは多分、間違ってはいないと思う。
おそらく正しい。
そのことは本機「最終アンプ」が20年、変わりなく元気に歌い続けて体現している。


(最終アンプ(5)水銀整流管の作法と掟(おきて) おわり)

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やのなおゆみ

水銀整流器が昔おじいさんの映画館にありました、タコのようなものから青白い強い光が出ていて怖いものを見たと思いました。
by やのなおゆみ (2017-03-19 02:53) 

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