SSブログ

いとし子(8)バスレフとアコ・サスSP採用のFMラジオ [オーディオのいとし子たち]

新春ブログ綴り初め

メーカーは違うが左右2つのラジオ、35年の歳月を隔てて、同じ男が設計し商品化した。
この2つに共通するもの、デザイン、音作り、設計のポリシー、製品作りの理念まで、オーディオ界激動の時代を越え、また彼の生涯を通して少しも揺るぎがない。

男の名はHenry Kloss(ヘンリー・クロース)。
1929年米国 Altoona、Pennsylvaniaで生まれ、2002年Cambridge、Massachusettsで没。
エミー賞の最初の受賞者の一人であり、CEA(全米家電協会)の殿堂入りを果たしたオーディオ界の巨人である。


形に惹かれてgetした2つのラジオ
姿格好に強く惹かれるものがあり、早速手に入れたFMラジオ。
入手当時は、そのラジオからオーディオの歴史の表紙を飾るに相応しい、巨人のドラマを聞けるなど、知る由もなかった。

左側のラジオ、KLH Model 21の裏側の写真4、5には、キャビネットに小さな枕のようなものが詰め込まれている(枕の中身はグラスウール)。
これを見て、AR社(Acoustic Research社)のアコースティック・サスペンション方式による小型スピーカーシステムを連想された方は、かなり年季の入ったオーディオ愛好家とお見受けする。
実はそのはず、彼はAR社設立のメンバーであり、そこで独創的なスピーカーシステムの開発を行っている。


2台DSC_8772(縮).jpg
<写真1:KLH Model 21(左)とTivoli Model One(右)>
**オーディオ界の巨人ヘンリー・クロースが作った卓上ラジオの一例。KLH Model 21は1965年、Tivoli Model Oneは2000年の発売。バックのSTAX ELS-8Xコンデンサースピーカーとも関連がある**





オーディオの開拓者ヘンリー・クロース
写真1の左は、「KLH社 Model Twenty-One」という1965年に発売された卓上FMラジオである。
私はこのラジオが、オーディオ界の巨人によって作られたことなど、何一つ知らなかった。
この姿を何かの写真で見た瞬間、強く惹かれるものがあり、すぐさまeBayで探しあてた。
もう忘れてしまった十何年も前のことであるが、このラジオの音の心地よさに驚いたものである。
この手のものでは初めて耳にするような、中低音を効かせた余裕たっぷりの鳴りっぷりは、日本の卓上ラジオでは決して聞くことができない。
家電の大型量販店を見て回れば分かるが、そもそも「音質を重視した、きちんとした作りの卓上ラジオ」など、ここ10年や20年来、国産品で見かけたことはない。
ましてや、木製キャビネットを使ってアコースティック・サスペンション方式や、バスレフ方式を採用するなど(たとえ真似事であっても)、望むべくもない。
また写真の背景に置いたSTAX ELS-8Xコンデンサースピーカーは、ダテに置いてあるわけではなく、なんと驚いたことに、このFMラジオと関連があったのだ。


M12_DSC_8817(縮).jpg

<写真2:KLH Model 21 FM卓上ラジオ>
**キャビネットは14mm厚ほどのウオルナットベニア材+チップ圧縮材で、がっちり作られている。FM専用機。高域と低域のトーンコントロールが可能**





Henry Klossはヘンリー・クロスと記される場合が多いが、「クロース」と「o」を伸ばすのが正しいそうである。
KLH Model 21の前面パネル、水色のバーのすぐ下には、「MODEL TWENTY-ONE・CAMBRIDGE MASSACHUSETTS」と書かれている。
このことは、晩年に至るまでの長い期間、活躍の本拠地がケンブリッジであったことを物語っている。

写真右の卓上AM-FMラジオ「Tivoli社 Model One」は、Tivoli社を共同で設立した彼が、晩年近くの70歳になった2000年の作である。
KLH Model 21から35年、私にはこのModel Oneの姿にも、21の場合と同じ、私を惹きつけるオーラが見えた。


M1_DSC_8802(縮).jpg

<写真3:Tivoli社 Model One FM-AMラジオ>
**Tivoli社の設立に参画したヘンリー・クロース70歳の第一作。今現在も市場流通機種。Tivoli社の製品群には、彼流の品質とデザインの、各種卓上オーディオ機器がラインアップされている**





巨人の偉業AR社時代
オーディオ時代到来の序曲
ヘンリー・クロースの数ある業績のなかで、日本のオーディオ愛好家にもっとも馴染み深いのは、「AR」、Acoustic Research社時代に開発した「アコースティック・サスペンション方式」による小型スピーカーシステムだと思われる。
1950年代、ヘンリー・クロースはマサチューセッツ工科大学(MIT)の学生であった。
オーディオに興味を持ったのはその頃で、学生仲間とスピーカーの研究や製作を行ったと伝えられている。
そして大学の仲間や、エドウィン・アームストロング(*注)などの協力もあり、MITの先輩であったE.Villchur(エドガー・ウィルシャー)を中心に、1954年、AR社を共同で設立した。

小型(ブックシェルフ型)でも豊かな低音を響かせるARの初代のスピーカーは、完全密閉型エアサスペンション方式のAR-1(1956年)であった。
56年は、米RCAビクターが45-45方式のステレオレコードの発表とデモを行った年である(商品化は1958年)。
ただし同方式の最初の考案者はRCAではなく、1931年に英EMIが英国特許を取得している。
時はそういった時代背景にあり、まさにオーディオ時代到来の序曲が鳴り始めていた。
そして、アコースティック・サスペンション方式を採用したAR-3a(1966年発売)は、日本でも多くのファンを獲得し、ジャズトランペッターのマイルズ・デイビスも愛用、とのうたい文句などもあって大ヒット作となった。


*注) エドウィン・アームストロング
エドウィン・アームストロング(1890-1954)。
この男も、とんでもない巨人である。
残した業績は多岐多数にわたるが、身近で分かり易い例にはつぎのようなものがある。
・再生検波回路の発明(戦前のほとんどのラジオ受信機に採用)。
・スーパーヘテロダイン方式の発明(戦後から現在までのすべてのラジオ受信機に採用)。
・周波数変調方式の発明(すべてのFM放送、FM受信機、アナログ時代のテレビ放送と受像機の音声に採用)。
この3つだけでも、今もなお、社会に文化に、計り知れない恩恵を与え続けている。
しかしこのような、現代社会の形を創り出したといえるほど重要な公共インフラを発明した彼の晩年は、幸せではなかった。
大メーカーとの特許紛争に疲れ果て、たいへん不幸な最後であった。
ともかく偉大な巨人が、KLH Model 21を作った男と出会い、力を貸したのである。


ブックシェルフ型スピーカーを実現したアコースティック・サスペンション方式の動作原理
アコースティック・サスペンションの大まかな原理は、まず第一にfo(エフゼロ:最低共振周波数)の低いスピーカーユニットを使う。
そしてスピーカー・キャビネットを気密性の高い密閉構造にして、空気の弾性をサスペンション(スピーカーのダンパー)として利用し、さらに内部を吸音材で充填することによりスピーカーのfoの上昇を抑える、というものである。

エアサスペンション型 / アコースティック・サスペンション型
話を整理すると、foの低いスピーカーユニットを小型密閉箱に入れ、空気の弾性を低域の制動(ダンパー)に利用したスピーカーシステムを「エアサスペンション型」と呼ぶ(その「副作用」としてfoが上昇する)。
また、その内部に吸音材を詰め込んで、foの上昇を抑える効果を加えたものを「アコースティック・サスペンション型」と呼んでいる。

ちなみにAR-3aの、特に中・高音ユニットの背面には、吸音材がぎっしり詰め込まれており、写真4、5の「枕」の詰め込みは、その音作りの手法をKLH Model 21に適用した例である。


M12内部DSC_8863(縮).jpg


<写真4:KLH Model 21の裏ぶたを外した様子>
**キャビネット上部の空間に、吸音材がぎゅうぎゅう詰めに押し込まれている**





M12座布団DSC_8875(縮).jpg


<写真5:取り出した吸音材>
**枕カバーのような袋に、グラスウールが詰め込まれている。おそらく経年変化で変色しており、元の色は分からない**




M12SP_DSC_8868(縮).jpg


<写真6:キャビネット上部の空間からスピーカーを覗く>
**マグネットは四角い形状のフェライトのようである。キャビネット前面パネルは木製ではなくアルミ板である**






KLH Model 9 は世界初フルレンジ・コンデンサースピーカー!
ARを退いたヘンリー・クロースは1957年、KLH社を設立した。
オーディオ愛好家向けの、Model6(スピーカー)。
Model8(卓上FMラジオ。真空管式)。
Model 11(ポータブル・ステレオレコードプレーヤー。「スーツケース・レコードプレーヤー」とも言われ、ケースから分離して設置できる2つの音質のよいスピーカーが収納されている。1962年発売)。
この後にも次々と高品質の製品を送り出していった。
さて彼は、この期間に驚くべきスピーカーを商品化している。

「KLH Model Nine」(1960年発売)。
味も素っ気もない一連の番号だけのモデル名からは考えも及ばないが、この「9」こそ、世界初のフルレンジ・コンデンサースピーカーであった。
QUAD ESL(ESL-57)は3年ほど先行した1957年の発売であるが、本物の低音が出る、再生帯域40Hz~20KHzの全帯域型としてはModel9が世界初である。

その大きさは、STAX ELS-8Xより多少小さいが、低域(ウーハー)の発音ユニットは、片側10枚あった。
初めて目にするフルレンジ・コンデンサースピーカーの面積の大きさに、当時の人はとても驚いたに違いない。
STAX ELS-8Xの低域発音ユニットは、全域とも合わせて6枚である(発音ユニットのサイズがMolel9より大きい)。
KLHでは1960年当時、いろいろな研究や試作の結果、コンデンサースピーカーで本当の低音を再生するには、その程度の面積が必要であることが分かっていたのだと思う。
そして、スピーカーに低域の豊かさを求める彼は、QUADの後追いではなく、全帯域を実現すべく大面積型を採ったのである。


日本にもModel Nineのユーザーは存在した
「KLH Model Nine」は、当時、日本のオーディオファイルにも知れており、少なくとも2桁の台数が輸入されたのではないかと推察する。
私がまだ青年の頃であったが、そのオーナーの記事などをオーディオ誌で読んだ記憶がある。
年配のオーディオファンには、このModel9の話をご存知の方も多いのではないだろうか。
1960年にKLHが大型コンデンサースピーカーを発売した4年後、日本のオーディオ業界が世界に誇る、在りし日のSTAX工業株式会社がついにフルレンジのコンデンサースピーカーを完成し、発売した。
STAX ESS-3Aと、6Aである。
当時青年であった私は、その6Aを「STAXの館」で聴いたわけである(当ブログ「甦れSTAX ELS-8X」)。
当時のSTAXの開発・設計スタッフは、このKLH Model Nineをしっかりと研究したに違いない。
私の推測では、おそらく細部ではその「おおらかな作り」に呆気にとられたのではないかと思う。
しかしフルレンジ・コンデンサースピーカーとしての先見性や基本設計には、彼らの学ぶとことが多々あったに違いない。
私のもとで鳴っているSTAX ELS-8Xにも、KLH Model Nineを作ったヘンリー・クロースの開拓者魂の痕跡が、どこかに残されているような気がする。


オーディオ/ビジュアルの先駆者
ヘンリー・クロースの才能は、オーディオだけに留まらなかった。
テレビを大画面で観る手段がなかった時代、彼は1967年にAdvent社を設立し、3管式のプロジェクションTV「VideoBeam 1000」を開発・発売した。
この功績で彼はエミー賞の最初の受賞者の一人に輝いている。
また、Dolby Bタイプのノイズリダクション・システムの開発に貢献し、それを搭載した最初のカセットデッキを開発・発売するなど、その後のカセットデッキ全盛時代の先鞭をつけたのも彼であった。
ヘンリー・クロースはその後もいくつかの会社を立ち上げ、多岐にわたる活躍をして、その時その時に、魅力ある製品を世に送り出している。
そして2000年。
最後となるTivoli Audioの設立に参画し、数々の製品を設計・製品化することになる。


これもヘンリー・クロースの設計だった
写真3のTivoli Model One AM-FM卓上ラジオの姿格好を改めてご覧いただきたい。
これも何かの写真を見て一目惚れしてgetしたものである。
一目惚れの相手の素性を調べて、ヘンリー・クロースの作であることを知り、驚くとともに納得した。
KLH時代の全製品のデザインに共通した魅力が、50年近く経てもなお、一層洗練された形で継承されている。
今まで意識したことはなかったが、写真7の背面のシリアルNo.や、製造年月「11-00」をよく見ると、発売されてまもなくの時期に購入したらしい。
(注:米国仕様のものは、日本のFM放送周波数帯域に合わせるため、内部の調整が必要になることに留意)


M1裏DSC_8847(縮).jpg
<写真7:Tivoli Model Oneの背面と各端子の様子>
*シリアルNo.の上方に記されている会社の住所にご注目いただきたい。なんと「Cambridge、Massachusetts」とある。35年前のKLH Model 21の前面パネルにも「Cambridge、Massachusetts」の文字がデザインされている。この時を超えた一貫性は、なんとしたことだろう**



DSC_8822(縮).jpg

<写真8:Model Onの内部とバスレフ用の共鳴ダクト>
**左側に黒いパイプが見える。取り扱い説明書には、「低域は、ダクト中にティッシュペーパーを詰め込んで自分好みに調整できる」とある。おもしろい**






格好はいいが、ただのラジオである。
が、そのラジオを粗末に扱ってはいけない。
頭より高い所に置かなければバチがあたる。
それほどの「オーディオの歴史」をこのラジオは包み込んでいる。
オーディオファンの私には、大変に意義深く、中低音もそこそこ深く、実にいい気持ちになるラジオである。
偶然にもこの2台にめぐり合えて、本当に幸せだと思う。



電池管正面(縮小)DSC_7553.jpg




<写真9:ネタバレの私作「電池管AMラジオ」>
**当ブログ「いとし子(4)6BQ5ブースター付電池管ラジオ」から転載。「洗練度」に難点大アリであるが、これ、KLHデザインの影響大であることを分かってもらえるだろうか??**








「無人島と電話帳」の話
もしラジオが聞こえる島であれば、電話帳の代わりにヘンリー・クロースのラジオがいいな。
電源は太陽電池と充電バッテリー。
やはり何でもいいから音楽が聴けなくちゃあね。
中低音も少しは効かせて・・・。


(いとし子(8)バスレフとアコ・サスSP採用のFMラジオ おわり)


コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。